| 西島八兵衛…… |
1596年、浜松出身。伊勢の藤堂高虎に仕え、讃岐生駒藩(香川県)の客臣となる。満濃池の再築、新田開発、治水に大きな功績を残す。 |
| 野中兼山……… |
土佐藩財政の基盤強化を築いた天才的土木技術者。江戸初期、高知分水を行っている。明治末期の平山発電所は、兼山の水路を利用。 |
| 伊澤亀三郎…… |
1750年、徳島県阿波町出身。新田開発、伊沢市堤、鮎喰川堤防等、治水、利水に多くの足跡あり。藩政期随一の土木技術者。 |
| 後藤正助……… |
1787年、徳島県国府町出身。藍商ながら米作の転換を主張した「吉野川筋用水在寄申上書」を藩に建白。鮎喰川左岸の堤防を築いた。 |
| 豊岡茘暾……… |
1808年、徳島県松茂町の庄屋出身。豊岡干拓で名高い坂東茂兵衛の孫。今切川の治水、利水に功績を残し、明治期「疎鑿迂言」を建白。 |
| 松下節也……… |
銅山川分水を計画した伊予三島(愛媛県)の代官。事業が大きすぎて実現はできなかったが、その後の銅山川分水の基礎的構想となる。 |
| 大久保●之丞… |
1849年、香川県財田町出身。四国新道(国道32号)、讃岐鉄道、瀬戸大橋、香川用水などの近代的構想を提唱した明治の先駆者。 |
| 井内恭太郎…… |
1854年、徳島県市場町出身。県の役員となり手腕を発揮。麻名用水の完成他、板名用水の建設にも努力。明治、大正期の代表的技術者。 |